残暑
「暑いな」 抜けるような青空と、その一角を切り取る大きな真白の雲。 遠くの山々から立ち上るその姿は、かの有名な天空の城を隠しているのだと言われても信じてしまいそうだ。 暦の上では長月も半分を過ぎ秋めいてもおかしくない頃だが、縁側の向こうの庭には、まだまだ夏は盛りと太陽が照り付けている。 則宗は口の中で転がした氷が小さくなっていくのを感じながら、畳の上に四肢を投げ出していた。 つい先ほど飲み干した麦茶のグラスも汗をかき、これまた少し小さくなった氷がバランスを崩し小気味よい音を立てた。 「今年の夏はなかなか長引いているようだね」 手にした書類に視線を落としながら、長義が答えた。 ちょうど昼を過ぎ、二振りしかいない静かな室内には穏やかな時間が流れていた。 「にしても暑くないか……? お前さんもよくそんな恰好で涼しい顔をしていられるな」 数分前まで出陣だった彼は、上着を脱いではいるものの、シャツにベストにとなかなかしっかり着込んでいる。 則宗はよっこらと体を起こし、グラスに残った氷を口に含んだ。 「……貴方が暑い暑いと言えばこちらまで暑くなってくる。あまり連呼するのはやめてくれないか、なっ」 溜息をつきながらペンを手に取ろうとした長義の薄桃色の唇を、突然に冷たいものが塞いだ。 顎に添えられた手に急に向きを変えられた頸に、さっきまで文机の隣の辺に座っていたはずの、いつのまにか隣に移動していた則宗。 冷たさが長義の唇の隙間をこじ開け、滑らかに滑り込む。 ゆっくりと瞼を閉じて開くと、唇が解放される感覚と共に視界を覆っていた菊色が少しずつ離れていった。 「これで少しは涼しくなっただろう?」 大輪の菊の花弁の隙間からは、悪戯が成功した子供のような、あどけなくも艶やかな笑顔が覗く。 「それとも、もっとあつい方をご所望かな」 にやり、という効果音がとてもよく似合う、先ほどよりも些か意地の悪い笑みである。 「……誘い文句としては、可、かな」 「おや、今日の監査官様はえらく手厳しい」 長義は手にしていた書類の束を机の上に放り、肩を軽く押される感触に身を任せた。