春の終わり、夏の始まり
温かくもさっぱりとした風が、頬を撫でていく。 南に面したこの縁側は、この時間はまだ日も当たらず、夜の冷気を孕んでいる。 徐々に上がりつつある気温と、冷えた板張りに下ろした足とが丁度よく、朝食を終えたばかりの体に眠気を誘う。 厨で後片付けを申し出たのだが、手は足りているし狭いから、と断られてしまい、非番の長義は早くも暇を持て余していた。 少し遠くに立つ東屋には、先日主が買い長物など背の高い男士たちが取り付けた、大きな鯉のぼりが泳いでいる。本丸に子供はいないというのに、さすが派手好きの主である。立派に五匹も連なって、その大きな鰭を青空にはためかせていた。 「おや、坊主じゃないか」 視線をあげて歩いていた長義は、突如下から掛けられた声に咄嗟に足を止めた。 「……何をしているのかな」 声の主は縁側に手足を投げ出した則宗だった。ちゃっかりと座布団を持ち出し、枕にしている。 「見てわからんか。昼寝だ、昼寝」 「……食事の後にすぐ横になると牛になるそうだよ」 「そうなのか? それは困ったな」 うははは、と微塵も困っていなさそうな声で則宗が答える。 溜息を吐いて長義が則宗の傍に腰をおろし、まだ午前中だろう、と零せば、つれないことを言うな、と返された。 「こんなに天気のいい日だぞ? 昼寝しない方が失礼ってもんだ」 言いながら、則宗が長義の方ににじり寄って距離を詰め、ぼふ、という音と共に座布団に後頭部をうずめた。 少しだけ舞い上がった金髪が菊の花弁のように広がり、則宗の顔を覆い隠してしまった。 長義は何となしに、細い金糸を指先で掻き分ける。 「そういえば、昼食のあと万事屋に行こうと思うんだけれど、何か欲しいものはあるかな」 金糸が零れて、同じ色の長い睫毛と整った白い鼻梁、薄い桃に色づいた唇が露わになっていく。 「則宗?」 返事はなく、聞こえるのはすぅすぅという軽やかな吐息だけ。 「……本当に自由なひとだ、貴方は」 則宗の髪を掻き分けていた手をついと動かし、額にかかっていた束を捲りあげる。 触れた肌はさらりときめ細かく、少しひんやりとしていた。駆け抜けていった風が、唇の離れる音を掻き消した。 青々とした木々がざわめく。 あと数日もすれば夏の陽気に焼かれるのだろう。 先ほどよりも高く上った太陽が落とす光が、長義の足先まで迫っていた。