加則ss

   背中に添えられた手がそろそろと引き抜かれる。
   そこにあったぬくもりが消え、畳の冷たさが羽織越しに伝わる。
   あの白くて細い腕でも、僕の体を支えるには十分らしい。
   それもそうか。僕なんかよりもずっと長いことここで最前線を支えているのだ。
   照れくさそうに紅く染まった、僕を覗き込む頬が、たまらなく愛おしい。人を押し倒そうというのに丁寧に、ぎこちなくささえてくれる手だって、少し震えているではないか。

  「うははは、坊主、まだまだ青いな」

   愛用の扇子を口元に添え、いつもの調子で揶揄ってやる。
   細く、綺麗に整えられた眉が少しだけ動いた。

  「そうやっていつもからかって、はぐらかして……」

   幼い子供が泣くのをこらえるように、への字になる。
   すまない、そんな顔をさせるつもりはないんだ。

  「冗談だ」

   顔に張り付けた笑みを剥がし、心の底からの愛おしさをもって見つめる。

  「僕は人の営みについてよく知らない。すべてが初めてだ。……優しく頼むぞ」

   あ、眉間の皺が和らいだ。

  「それは、反則じゃない?」

   一層紅くなる顔を見せまいと、そっぽを向いてしまった。
   頭の動きに沿って、綺麗にまとめた髪がはらりと落ち、僕の顔のすぐ横で畳と擦れる。
   濡れた瞳がおそるおそるこちらを見た。視線が合って、少しずつ鼻先が近づいていく。
   お互いに、瞼を閉じた。
   触れたぬくもりは、震えていたあの掌よりも、幾分かあたたかかった。