人形たちの夜に彩を

   太ももがすごくスース―する。
   すっかり冷たくなった朝の空気が両の脚の隙間を駆け抜け、清光は小さく身震いした。
   着なれない服のせいで脚の可動域が制限されるのも落ち着かないし、かといって気にせず動けば捲れあがってしまうだろう。
   全体的に収まりが悪くて、なんかちょっとムカつく。

  「……坊主、思ったより似合わないんだな」
  「はいはい、そーね」

   すぐ近くでぽかんとこちらを見上げる則宗に、清光はさらに少し眉間の皺を深めた。
   神無月の暮れ、西洋の鎮魂祭の季節。世間では俗っぽさの強い祭りだが、この本丸でも例にもれず、独自のルールに則ってではあるがちょっとしたイベントとして開催されている。
   各々好きな格好をして一日過ごすのだが、自分が好みの様相をしている者を見つけたら、その好み具合に合わせて甘味を渡す。一日の終わりに、一番多く甘味を受け取った者が優勝である。
   チームを組んでもよいため、今年は清光は則宗と組むことにした。

  「一応、戦って鍛えてる身だしね」

   少し体重を移動させればずり上がってくるスカートの裾を、位置を直しつつ指先で弄る。
   調子にのって定番のポリスコスチュームを手にしたのだが、やはりちょっと無理があったようだ。
   さらに頭にくることには、則宗の方はパンツスタイルなので、ただのちょっと格好いい警察官が誕生しただけなのである。

  「まあ僕ではそれは入らないからな」
  「筋肉自慢かよ、年寄りのくせに」

   安価なコスチュームだからか生地が薄く、鍛えられた則宗の体の線が薄らと見える。清光もミニ丈のスカートが似合わないほどには鍛えているのだが、やはり敵わない。
   身丈もそんなに変わらないはずなのに、と清光は零した。

  「となると、やはり脚を出すものは難しいか……」

   清光の心を知ってか知らずか、近くの服の山をごそごそとひっくり返し始めた則宗はそんなことを言っている。
   ……困ったことに、今年のコスチュームのお題が「かわいい」なのだ。「格好いい」であればいくらでもしようがあるものの、屈強な、とは言わないまでも一般的な成人男性の体躯を持つ二振りには、短刀たちに比べればいささかハンデを背負っている状態である。
   一方の則宗はお題を聞くや否や「じゃあ僕と坊主とでそのまんまいればいいじゃないか」と言い放ち、早くも清光にチームを組んだことを後悔されていた。しかし服選びを始めてみれば案外則宗も乗り気なようで、目を離した隙に何着か自分で試している。

  「うさぎの着ぐるみとかなら筋肉も隠れるんじゃないか?」
  「やだよ、かわいくない」

   それでもなかなか決まらず、清光も則宗の傍に寄り手近な布を引っ張っては広げ、吟味し始めた。



  「う、お。御前に加州、びっくりするからやめろにゃ……」
  「南泉」

   角を曲がろうとして顔を覗かせた南泉一文字が、びくりと肩を震わせて立ち止まった。
   耳や尻尾が生えているところをみると、狼あたりの仮装だろうか。

  「うはは、南泉の坊主も一緒に茶をどうだ」

   腕の周りの異常に多い布が机に置かれたカップにつかぬよう気を付けながら、則宗は向かいの椅子を指し示した。

  「え、遠慮しときます……にゃ」

   なんとも言われぬ表情を浮かべた南泉の足は、一歩でも近づくまいと既に反対方向を向いている。
   和を基調とした本丸内であまり多くない、西洋のアンティーク調に整えられた一角。審神者の趣味でサンルームが誂えてあり、昼間は陽光が差し込み心地よいが、今は日が落ちて薄暗い。
   そこここに置かれたカボチャ型のランタンが、則宗と清光が囲む丸机の周りを足元からほのかに照らしている。四つある席を則宗と清光は隣り合って陣取り、空いているうちの則宗の隣の席にはバスケットが置いてあった。

  「それか甘味を置いてくんでもいいよ? ほらほら」

   乱や燭台切、青江なんかに好評だったこの仮装、中々な量の甘味を集めている。会う男士によっては怖がられるのだが、好みの者にはとことん好みのようで、一度に一抱えくらいもある甘味をすべてくれた刀もいた。

  「じゃ、じゃあ……」

   おそるおそる近づき、手にしていたバケットから二つほどキャンディの包みを取り出し、則宗の横のバスケットに入れた。

  「お、やってるね」
  「にゃっ!?」
  「あ、主」

   清光たちの座っている机からそう遠くない扉が開き、審神者が顔を覗かせた。
   ちょうどそちら側に背を向けていた南泉は突然の声にとても驚いたようで、清光の眼には猫が全身の毛を逆立てて怒っているような気がして可笑しかった。
   審神者もその姿に小さく苦笑しながら、穏やかに言って歩み寄る。

  「南泉は狼男かな? 猫がイヌ科とはまた、おもしろいね」
  「狼男はそうだけど、俺は猫じゃないにゃ」
  「ふふ、そうだったね」

   少し上がった口角が柔らかい雰囲気を出していた、が。
   審神者の足が止まり清光と目が合った。おや、と清光は思った。

  「……まって何その衣装。天才?」

   両眼を見開き固まっている。
   なんだか主のスイッチを押したらしい。
   審神者に要求されるがままに、清光と則宗は立ち上がり、くるりと回転する。頭のボンネットのフリルがふわふわと揺れ、広がったスカートの裾がゆっくりと降りてきて元の位置に戻った。
   清光が白、則宗が黒の、ビスクドールのような出で立ち。
   髪色とのコントラストが際立ち、ランタンの淡い光が艶めかしさを強調している。
   その横には、瞳を輝かせてそれを凝視する審神者の姿。

  「えへへ。俺、かわいい?」
  「僕だって負けていないと思うぞ」
  「もう帰っていいか……にゃ」

   その後、甘味の集計タイムで惜しくも優勝とはならなかったものの、審神者特別賞をもらった清光と則宗がゆっくりとした休日の夜を共に過ごすのは、また別のおはなし。